暗闇の中、沈黙の空気が当たりに漂う。

チャドウィッグの背筋に一筋の汗が伝う。
彼は今、剣を片手に…全神経を集中させていた。
あの男を殺すという、重要な目的を果たすために。

感覚をとぎすまし、男がいる場所を気配を追って探す。
だが、何も察する事が出来なかった。
あの男は今、自分と死合っていると言うのに殺気もないとはどういう事だろうか。

不意に、風を切る音が聞こえ、チャドウィッグは体の前で剣を構えた。

瞬間、二つの剣が火花を散らした。
腕に響く重い衝撃。

「くっ!」

チャドウィッグは剣を交わす男を見た。
血のように赤い髪の男。
奴の閉ざされた唇がにやりと斜めに上がる。

笑っている……。

共に跳び退く。
チャドウィッグは本気で相手にされていない自分をふがいなく思った。

「もう終わりか……?」

腕をほぐす様に、男が剣を振り下ろす。

「……まだだ」

汗が、チャドウィッグの黒髪を伝い落ちて行く。
彼は大きく息を吸い込むと相手を憎悪を含んだ目で見つめた。

「……そう来なくちゃ。全く、やりがいがねぇ」

剣を肩に乗せながら男がこちらに来るよう、指先で手招く。

……挑発されている。

チャドウィッグは今にも駆け出しそうな精神を強く押さえ込んだ。
それを知ってか知らずか、男が不気味に笑みをこぼす。



チャドウィッグはこの男を倒さねばならなさった。
血塗られた赤い剣を使うと言われるこの男を。

世界を守るために。

しかし、それは自分のためでもあった。

何年前だろうか、この男を倒すための倒し屋として、国中で腕の立つ者達が集められた時、彼は自らそれを名乗り出た。
家族や大切な者達の仇をとるために。

他の者達が男と戦い消え行く中、チャドウィッグも幾度もなく男に挑んだ。
だか、男はチャドウィッグを、チャドウィッグだけは殺めようとはしなかった。

男のその様はまるで戦いを楽しんでいるかのようだった。

技を繰り出し、チャドウィッグが疲れ果てるのを見届けては何もせず去って行く。

そう、いつもその繰り返し。

生(勝)でも死(負)けでもない。
ただ、戦うことだけの反復動作。

次第にチャドウィッグはこの行為の意味を自分めがけ問いだしてきた。

この男は何故自分を生かす?
そして、自分は何故幾度もこの男と戦っているのだ?

今までの理由がこの戦闘(遊び)の大義名分(当てつけ)のように感じられた。



「……来いよ」

その声と共に剣を脇に添え、彼は走り出した。
一歩遅れて踏み出した男が剣を振り上げる。

ガギィィン!

激しく火の粉が散り、ギギギと金属同士が悲鳴を上げる。
チャドウィッグはその火花が、剣と剣との共鳴が美しいと思った。

……楽しい。もっとこの男と戦いたい。

何故?
何故そう思う……?
相手は何人もの罪なき人とを殺めている悪人なのに…。

自問するも答えは出ない。

チャドウィッグは剣を強く握り、一歩前へ足を進めた。
剣と剣が押され合い、金を削る音が響く。

彼は男の目を見た。
髪と同じ深紅の瞳。
その目に映る自分の影。

そして……。

瞬間、チャドウィッグの体は後ろへ突き飛ばされていた。

「っ……しまった!」

男が剣を繰り出す。
彼は剣をその身に引き寄せた。

ギィィン!

「っつ!」

腕から僅かに鮮血が散った。

「どうした?チャディー……隙を見せるなんて、らしくねぇぜ?」

ニンマリと男が笑う。

チャドウィッグは傷口の方へ目をやった。
傷は思うほど酷くはない。

「可哀相に、怪我しちまったようだ、な!」

次の瞬間、男の剣が唸り声を上げた。
瞬時に反応してそれを受け止める。

「ぐっ!」

傷のせいか剣先が震えた。
先程まで男の剣を抑えていたことが嘘のように感じられる。

「おやおや、痛そうだっ!」

男の剣に力が込められた。

「くっ!」

チャドウィッグは自らの力を剣に込めた。
ピシピシと剣が鳴き小さな光が辺りに散る。

「ほほう、少しはできるじゃねぇか」

男が急に剣の力を抜いた。
チャドウィッグはこの隙をついて、剣を繰り出した。
するりと交わされた剣が男の胸に食い込む。

「ぐっ!」

あっさりと技が入り、彼は一瞬何が起こったのか良く判らなかった。

「何故、受け止めなかった!! 貴様ならこれごとき……!」

ゆっくりと男が身を崩すと、同時に剣が胸からするりと抜けた。

「言ってることが……わからねぇな。……お前は、俺を殺すんだろう?」

チャドウィッグは、絶句した。
私はいったい……何を口走っているんだ…?

「ちょうど良い……ハンデが、付いただけじゃねぇか……」

片手で傷口を押さえながら男が立ち上がった。

「お前には、この片手で十分だ……」

胸からは止めどなく鮮血が溢れ出ている。
今、目の前に立っていることすら不思議な状態だ。

「そう心配そうな……顔をするな、可愛がってやりたくなるだろう?」

男が不意にニヤリと笑った。



  ◇ ◇ ◇


キィン!

剣と剣が唸る。

チャドウィッグは男の執拗な攻撃に防戦一方だった。

「どうしたぁ!」

男が叫ぶ。

「……っ!」

相手を倒す絶好のチャンスを前にチャドウィッグは迷っていた。

どうして迷う?今がアイツを倒すチャンスだというのに!

突然男がひざまずいた。
胸元が深紅に濡れ、足下は小さな血の水たまりができている。

「もうやめろ! 死にたいのか……!?」

チャドウィッグは言った。
その言葉に男がかすかに笑った。

「は、貴様は、俺を殺すのが……も、目的じゃなかった、のか?」

チャドウィッグはもう自分が分からなくなってきていた。
男を殺したいのか、殺したくないのか。

「わ、私は……」

チャドウィッグは戸惑った。

男が声を出して笑いだした。

「はははははは!こりゃ、傑作だ!」

奴がゆっくりと剣を握る腕を上げ、チャドウィッグに指を指した。

「墜ちた、な」

男が呟いた。

「……な、に?」

「貴様は、もう剣から離れられない。俺からも……」

苦しそうに笑みを浮かべながら男が剣をチャドウィッグに向けた。

「貴様は剣龍。……剣を交えることに、喜びを感じている……」

「違う!」

チャドウィッグは男に向かって剣を繰り出した。
自分を肯定するために。
男の言葉を否定するために。

「だった、ら、この俺を……、殺してみろ!!」

ギィィン!!

剣が重なり合い、周囲に音が響き渡る。

男の剣が赤く輝き始め、それに呼応するようにチャドウィッグの剣も青く光り始めた。

「やは、りな……! 貴様、青龍剣遣いか。俺は、貴様を……捜していた! 貴様は、俺の仲間……俺の一部、俺自身だ……!」

「知るか!」

チャドウィッグは剣を突き出した。
それを受け流しなら男が話を続ける。

「俺は、赤龍剣遣い……。青龍剣遣いと、赤龍剣遣いは、古来より、共に剣を磨いた仲間…そして永遠に死合う同士よ!」

男がチャドウィッグの剣を弾き、後ろへ下がった。

「知るか!知るか!」

チャドウィッグは強く剣を振りかざし前へ足を進めた。

「青龍剣遣い、血が騒ぐだろう? 戦えと……。さあ、俺を殺せぇ!!」

大きく剣を振りかざし、チャドウィッグは男に向かってそれを振り下ろした。

が!

「ふ、刺せぬ……か?」

「くっ!どうして、私は……!」

チャドウィッグは力なく剣先を男の前に落とし、その場に座り込んだ。

「俺と貴様は龍剣使い、龍剣遣いは同士を殺したい程に憎む。だが……相手を殺すことは出来ない。唯一の仲間でもあるからだ。己の剣を振るいたいという欲望を埋めてくれるのは、龍剣使い同士でしか埋められない……」

チャドウィッグは、男を見上げた。

「そして、龍剣使いは死ぬことすら許されぬ。永遠に剣を振るい、誰かを殺すことしか出来ない愚かな化け物に成り下がるしかない」

男が自分の胸をチャドウィッグに見せた
あんなに深く剣が沈んだ傷口がふさがっている。

「龍剣使いが死ぬためには……」

不意にチャドウィッグは腕を捕まれた気がした。
怪しげな笑みを浮かべる男。

「な、何をする!!」

ズシャッ!

赤く温かい液体が剣から腕に伝わるのを
チャドウィッグは感じた。

静かに顔を剣先から男の方へ向ける
そこにあるのは……笑みを湛えるあの男の顔……。

「お前が……龍剣使いに、目覚めた……。これで、俺は、やっと……死……ねる……」

チャドウィッグが剣を抜くと同時に、男は地面へと身を倒した。

「何故!」

「これでお前も……俺と同じさ。お前が、死ぬに……はっ……赤龍、け、剣使い……を……」

息を引き取ると同時に男の体が砂のように崩れた。
怪しく赤く光剣がその砂に埋もれながらも輝いていた。

不思議とチャドウィッグの瞳から涙がこぼれた。

男を倒せた喜びの涙かそれとも……。



  ◇ ◇ ◇ 



あれから何年かが過ぎ、街角で青い剣を使う荒者の噂が流れた。
悪しき者を斬っては去るというその男を倒せた者は誰一人としていない。

倒せる者は赤い剣を持つ者だけなのだから。



古いSSを発見し、未完成だったので何とか完成に持ち込んだ作品。
色々苦しい設定が…。
最初に公開するのがこれってどうかと思う…
そして、ホモ臭い所が…少々…。
スミマセン(汗)
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